― 西条・酒蔵通りを歩いて考えたこと ―
神話の中の“集団と酒”
『古事記』では
スサノオ が酒を造り、
ヤマタノオロチ を退治する。
大国主命 の物語では宴が国づくりの象徴。
酒は個人の嗜好品ではなく、
共同体を動かす力だった。
神社という“集まる場

神社では御神酒が供えられる。
神と人が同じ酒を分かち合う。
団体参拝は不思議に見えるけれど、
古代の祭祀も本来は集団行為。
若者のグループ参拝は、
実は神話的な構造と似ている。

西条酒蔵通り を歩く若いカップル。
大量に飲むわけではない。
でもそこに“場”がある。
酒は今も人を集める装置。
締めの方向性
「若者は酒を飲まない」と言われる時代。
それでも神社に集まり、酒蔵通りを歩く。
酒は消費量ではなく、
物語と空間を生む存在として残っている。
