申(さる)は、賢いだけの干支ではない

日本神話・日本文化 / Japanese Mythology and Culture

さると聞いて、多くの人が思い浮かべるのは
「頭がいい」「器用」「いたずら好き」といった姿かもしれない。

動きは素早く、
真似がうまく、
人に近い存在として描かれることも多い。

十二支の中でも、
申はどこか軽やかで、
油断ならない存在に見える。

けれど本当に、
申は「賢いだけ」の干支なのだろうか。


未の次に来る理由

未は、
走り続けた流れをいったん止め、
回復と受容の時間をつくった。

世界は、
少し落ち着きを取り戻している。

だが、
止まり続けることもできない。

休んだあとは、
もう一度動き出す必要がある。

そこで置かれているのが、申だ。

申は、
試す役であり、
確かめる存在でもある。

本当にこのままでいいのか。
別のやり方はないのか。

申は、
世界を軽く揺さぶる。


申が象徴するもの

申が象徴するのは、
知識ではなく工夫

さるは、
力で押さない。
正面からぶつからない。

状況を見て、
真似をし、
少しずつ形を変えていく。

申は、
間違えながら学ぶ存在だ。

完璧ではない。
だからこそ、
次の道を見つけられる。


「申」の文字が示すもの

「申」という字には、
伸びる、
伝える、
訴えるといった意味がある。

内にあったものが、
言葉や動きとして外へ出ていく。

未で受け止めたものが、
ここで再び外に向かって試される。

申は、
調整の段階の干支なのだ。


写真のさるが語ること

写真のさるは、
正面を向き、
何かを手にして立っている。

威嚇しているわけでもなく、
走り出す様子でもない。

どこか人に似て、
どこか距離がある。

このさるは、
「できる」とも
「わかっている」とも言っていない。

ただ、
考えている途中に見える。

それが、申の姿だ。


失敗を許される役割

申は、
間違える。

遠回りをする。
余計なこともする。

けれど、
それが許されている存在でもある。

すべてが正しく進む世界は、
息が詰まる。

申は、
世界に遊びを入れ、
余地を残す。

失敗を通して、
次の可能性を探る。


申の年に生まれた人へ

申年は、
完成を求められすぎない年だ。

試していい。
やり直していい。
迷ってもいい。

申は、
「最初から正解である必要はない」
ということを知っている。

動きながら考えること。
考えながら動くこと。

それは、
とても人間らしい強さだ。


ねずみが始め、
丑が支え、
寅が前に出て、
卯が広げ、
巳が内に収め、
辰が流れを起こし、
午が走らせ、
未が受け止めたあと。

申は、
その流れを一度つかみ直し、
形を整え直す。

十二支は、
一直線の物語ではない。

申は、
その中で
寄り道と工夫を許す存在なのだ。