広島県三次市 三次風土記の丘から

なだらかな丘のように見えるこの場所は、かつて「墓」だった。
土を盛り、形を整え、長い時間をかけて築かれた古墳。
その内部には、石で組まれた空間と、静かに眠る石棺があった。
石棺の中には、刀や剣、槍、矢じり、そして装身具が納められていたという。
それらは戦いのための道具であると同時に、
この世での身分や役割を示す「しるし」でもあった。
死んだあとも、人はただ消える存在ではない。
古代の人々はそう考えていたように思える。
石棺は「終わり」ではなく「境界」

展示されている鉄製の刀や鏃は、すでに実用品としての役割を終えている。
錆び、欠け、それでも丁寧に並べられている姿を見ると、
それらが単なる武器ではなかったことが伝わってくる。
石棺は、遺体を収める箱ではなく、
この世界と、別の世界を隔てる境界だったのかもしれない。
死者はそこで眠りながら、
どこか遠くへ向かう準備をしていた。

副葬品が示す「旅支度」
武器や装身具を携えているということは、
死後の世界にも秩序や役割があり、
そこへ向かう「旅」が想定されていたということだ。
守るものがあり、
身につけるものがあり、
自分が誰であるかを示すものが必要だった。
それは、死が終着点ではなく、
移動であり、変化であり、通過点だったという感覚に近い。

魂は、どこへ行ったのだろう
古墳の外に出ると、穏やかな起伏の丘が続いている。
いまは静かな風景だが、
かつてはここが「別れの場所」だった。
魂は、石棺にとどまったままだったのか。
それとも、ここから遠くへ旅立ったのか。
鉄の刀や槍は、地上に残された痕跡であり、
本当に送り出されたのは、目に見えないものだったのかもしれない。

石と鉄が残し、物語だけが飛び立つ
古墳に残るのは、石と鉄と土だけだ。
だが、それらを見つめていると、
古代の人々が「死」をどう受け止めていたのかが、
静かに浮かび上がってくる。
死は恐れるものではなく、
遠い世界へ向かう移動。
そして魂は、
この重たい石や鉄とは違い、
もっと軽やかな存在として想像されていたのではないだろうか。

