― ほうきと籠に宿る、暮らしの記憶 ―
白壁と柳並木が続く 倉敷美観地区 を歩いていると、時間の流れがふっと緩む瞬間がある。
観光地として整えられた街並みの中に、まるで昔からそこにあったかのような雑貨屋さんが静かに佇んでいる。
引き戸を開ける前から目に入るのは、店先に並ぶ数々の箒(ほうき)。
竹の柄、藁の穂先、素朴な札。どれも主張しすぎず、それでいて確かな存在感がある。
店先に並ぶ「道具」という名の主役たち

軒先には大小さまざまな箒がずらりと掛けられている。
庭掃除用、玄関用、室内用。用途ごとに形が異なり、一本一本がきちんと役割を持っているのが分かる。
ビニール包装越しでも伝わる、素材の力強さと手仕事の痕跡。
大量生産品にはない、使われることを前提とした道具の表情がそこにはある。
店内に入ると、懐かしさが積み重なる空間

中へ足を踏み入れると、木の棚に並ぶ籠、たわし、木製の台所道具。
どれも派手さはないが、「これ、実家にあったな」と思わせる不思議な安心感がある。
日差しが差し込む店内では、影までもが柔らかい。
新しいはずの品なのに、すでに生活の一部だったかのような錯覚を覚える。
使うための美しさ

ここで扱われているものは、飾るための雑貨というより
「使い続けることで完成していく道具」 ばかりだ。
箒は掃けば掃くほど馴染み、籠は持つほどに艶を増す。
便利さや効率よりも、手に取る時間そのものを大切にする暮らしが、この店には息づいている。
倉敷の街と、よく似合う理由
こんなレトロなほうき、まだ作ってるところがあるの?」
——その答えは、倉敷を歩けば自然と分かる。
倉敷美観地区の魅力は、過去を保存することではなく、
過去の延長線上にある今を、自然に見せてくれること にある。
この昔風の雑貨屋さんも同じだ。
懐古趣味ではなく、現代の暮らしの中で「まだ必要なもの」を静かに差し出してくれる。
観光で訪れても、地元の人が立ち寄っても違和感がない。
そんな店があること自体が、この街の豊かさなのかもしれない。

