――流鏑馬が行われる場所に残る、土地の力
鳥居をくぐった瞬間、空気が変わった気がした

津和野の町を歩いていると、観光地としてよく知られた通りから少し離れた場所に、八幡宮が静かに佇んでいる。
八幡宮は、全国各地に祀られているが、もともとは武運や土地を守る神として信仰されてきた神社だ。
この津和野の八幡宮も、華やかな観光地というより、
長い時間をかけて地域とともに在り続けてきた場所という印象が強い。
鳥居の前に立ち、境内へ足を踏み入れた瞬間、
周囲の音が一段階遠のいたように感じた。
人の気配はほとんどなく、聞こえるのは風に揺れる木々の音だけ。
いわゆる有名なパワースポットではないが、
ここには確かに「場が保たれてきた神社」特有の空気がある。
お願いごとを強くする場所というよりも、
気持ちを整え、自分の立ち位置を確かめる場所。
この八幡宮は、そんな静かな力を持った場所だと感じた。
派手さのない社殿が、かえって心を落ち着かせる

境内の奥に進むと、赤く塗られた社殿が姿を現す。
豪華さを誇る造りではないが、長い時間を経て守られてきたことが自然と伝わってくる。
建物のまわりには余計なものがなく、視線が散らない。
写真を撮っていても、不思議とシャッターを急ぐ気にならなかった。
こうした場所では、
「何かを得よう」とするよりも、
「静かに立ち止まる」こと自体が意味を持つのだと思う。
個人的には、この神社は
願いを強くかける場所というより、
心を整えるタイプのパワースポットだと感じた。
まっすぐに伸びる道――流鏑馬が行われる場所

境内をさらに進むと、長くまっすぐな道が現れる。
普段はとても静かで、ただ木々に囲まれた空間に見えるが、
この場所は 流鏑馬(やぶさめ)の神事が行われる会場だと聞いた。
流鏑馬は、馬に乗った射手が神前で矢を放つ、古くから続く神事だ。
直線で十分な長さがあり、周囲の環境も整っていなければ成立しないため、
実際に行える場所は日本でもごく限られている。
ここに立ってみると、
なぜこの場所で流鏑馬ができるのか、少し分かる気がした。
視界を遮るものがなく、
空間に無駄な緊張がない。
人の気持ちまで、自然と一本の線に整っていくような感覚がある。
観光地化されていないからこそ残るもの
津和野には多くの観光名所があるが、
この神社は決して賑やかな場所ではない。
だからこそ、長い時間をかけて守られてきた空気が、今もそのまま残っている。
流鏑馬という神事が続いていることも、
この土地と神社が、今も「場」として機能している証なのだろう。
強い言葉で語られることは少ないが、
静かに訪れる人を受け止めてくれる場所。
そんな神社が、津和野には確かに存在していた。

