未(ひつじ)は、やさしいだけの干支ではない

日本神話・日本文化 / Japanese Mythology and Culture

ひつじと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは
「おだやか」「やさしい」「おとなしい」といった姿かもしれない。

角はあっても争わず、
群れの中で静かに草を食む。

十二支の中でも、
未はもっとも刺激の少ない存在に見える。

けれど本当に、
未は「やさしいだけ」の干支なのだろうか。


午の次に来る理由

午は、
生まれた流れを地上で走らせ、
世界を前へ前へと運んだ。

勢いは最高潮に達している。

だが、
走り続けることはできない。

疲れ、
摩耗し、
力はいつか失われる。

そこで置かれているのが、未だ。

未は、
立ち止まり、回復する役

走りきった流れに、
もう一度温度を与える存在である。


未が象徴するもの

未が象徴するのは、
弱さではなく受け取る力

ひつじは、
前に出ない。
競わない。
先頭を奪わない。

けれど、
群れの中で生きることを知っている。

寄り添い、
守り合い、
同じ速度で進む。

未は、
世界を続かせるための集団性を担っている。


「未」の文字が示すもの

「未」という字は、
木がまだ完全に成長しきっていない姿を表す。

完成ではない。
結果でもない。

けれど、
ここまで育ってきたことは確かだ。

未は、
途中であることを肯定する段階の干支

急がず、
焦らず、
今の状態を受け止める。


写真のひつじが語ること

写真のひつじは、
静かに立っている。

跳ねるわけでもなく、
走るわけでもない。

体は丸く、
足元はどっしりとしている。

このひつじは、
何かを主張していない。

ただ、
そこに在ることを選んでいる。

それが、未の姿だ。


立ち止まるという強さ

未は、
勢いを止める。

それは後退ではない。
諦めでもない。

走り続けたあとに、
ちゃんと立ち止まること。

傷を確かめ、
息を整え、
仲間の存在を思い出すこと。

未は、
壊れないための時間を引き受けている。


未の年に生まれた人へ

未年は、
成果を急がされにくい年だ。

周囲から見ると、
遠回りに見えることもある。

けれど未は、
「続けるためには休むことが必要だ」
ということを知っている。

自分を守ること。
誰かと歩調を合わせること。

それは、
とても高度な選択だ。


ねずみが始め、
丑が支え、
寅が前に出て、
卯が広げ、
巳が内に収め、
辰が流れを起こし、
午が走らせたあと。

未は、
そのすべてを受け止め、
静かに包み込む。

十二支は、
前へ進む物語であると同時に、
立ち止まる勇気の物語でもある。

未は、
その最初の担い手なのだ。